oshikado

アクセスカウンタ

zoom RSS 道央・道北ドライブ紀行 〜名寄本線編〜

<<   作成日時 : 2006/05/26 12:49   >>

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 1 / トラックバック 1 / コメント 0

 明日からまったく家によりつかなくなるので、しばらく更新は望めませんが・・・。

 これは5月21日の話です。遠軽から名寄本線・宗谷本線経由で稚内を目指します。今日も快晴。PL偏光フィルターを使用して撮影しているので、いつもより青みがかった写真が多いです。
 さて、まずは遠軽駅構内の車止めの撮影。20年前は、ここからまだ先にレールがあったんですね・・・。あと10年早く生まれていれば、廃止になる前に北海道に来れたのになぁ。
 遠軽市街地を抜け、名寄本線をまたいでいたこ線橋を過ぎると、ここは開盛駅のあったところ。ただ、廃線跡は道路になってしまい、面影もありません。車をさらに中湧別に向けて進めると、右側にチューリップの咲き誇った公園が。地図を見ると、この公園の中にある城のような建物あたりに北湧駅があったようです。跡形もありません。

画像 画像 画像

 中湧別は、こ線橋も残された道の駅になっています。これは有名ですね。中湧別にはかつて中湧別保線区があり、湧網線、名寄本線、石北本線もお守りしていたようです。大所帯ですね。それが、今となっては鉄道すらない町に・・・。
 中湧別を過ぎると、ところどころ橋りょうが残っているのが見えてきます。ちなみに、湧別は行き忘れました。今度、湧網線を見るときに行かないと・・・。沼ノ上駅は、10年前は廃止当時の駅名標が残っていましたが、新しいものになっていました。小向駅も同様のものが建植。元紋別駅はさっぱり跡がわからず、紋別駅付近はメモリアル道路となってわけがわからなくなっています。ただ、潮見町跡にはホームに登る階段が残され、92kポストも残っていました。

画像 画像 画像 画像

 コミュニティセンターか何かになってしまった渚滑駅跡を過ぎると、旧線路敷周りに牧草地等もなくなり、荒涼とした海岸沿いに道路と廃線跡のみが続くようになり、富丘駅跡。廃線直前に設置されたと思われるボックスカルバートと、そこを登るフード付き階段。廃線跡だ、ということがわかっていなければ、何なのだろう、と思うでしょうね・・・。次の沙留駅跡は、新しい公営住宅かなにかになってしまってわからなくなっていました。興部駅付近には、藻興部橋りょうが残されています。まだまだ十分現役としても使える橋りょうです。

画像 画像

 興部駅跡も道の駅となり、キハ22が展示されています。駅内には資料も展示されていますが、写真がはがされるなど残念な状況です。興部からは、また廃線跡が耕作地化されはじめます。中興部は駅舎がきれいに残されています。西興部は宿泊施設が建っており、跡形もなし。上興部は車両も展示されており、事務室内には切符等資料がかなり展示されています。ここから、天北峠を越えて名寄盆地に向かいますが、峠道のすぐわきを名寄本線が通っており、峠のサミットにあるこ線橋からは路盤の跡がしっかりと見えます。

画像 画像 画像

 これを越えると、また人の気配のある地域に来るわけです。下川駅はバスターミナルとなり、キハ22が2両おかれていました。また、一の橋や上名寄のように、バス停脇に駅名標が新設されているところもありました。中名寄に至っては、駅舎が完全に残されています。内部にはどういうわけか深名線の廃止直前の張り紙や、蕗の台駅の道路標識まであり、収集の意図がよくわかりません。名寄駅の分岐点付近にはキマロキ編成が展示されており、その傍らに深名線の西名寄・天塩弥生の駅名標が並んでいました。

画像 画像 画像 画像

 こうして見てくると、紋別は確かに人口も多く、栄えているにしても、その他の地域があまりに人がいない状況。一時、政治的に部分第3セクター化で残る、という話もありましたが、ちほく線と同じような運命を辿ったのかな・・・と思ってしまいました。北海道は、人の住む地域が点としてでしか存在していなく、都市間輸送の需要がない限り、鉄道は生き残れないなぁ・・・としみじみと思うのでありました。

 次は、宗谷北線となりますが・・・更新はまる一週間後かも。

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 1
なるほど(納得、参考になった、ヘー)

トラックバック(1件)

タイトル (本文) ブログ名/日時
北海道で毛がにで有名な紋別市 オホーツクの観光名所
紋別市(もんべつし)は、北海道網走支庁管内にある市です。私は、この紋別は、昔から蟹のイメージがかなり強いところです。でも、全国的には、やはり流氷ですかね。紋別市名の由来は、アイヌ語の「モウペット」(静かな川)からきています。 日高支庁の旧門別町(現日高町)と読みが同じだったため、「オホーツク紋別」または「北見紋別」と呼んで区別する事が多いですね。面積 830.70km ...続きを見る
北海道、札幌からの旅情報
2007/04/22 09:55

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
URL(任意)
本 文
道央・道北ドライブ紀行 〜名寄本線編〜 oshikado/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる